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2008年4月26日
土曜で、天気も、良くもあり、悪くもありで判らない日だが利賀店・岩瀬店共、結構忙しかった。
利賀店は獅子方のオードブルの注文が入っており、
段取りが18:00までかかり、ぎりぎりセーフ。
今日は獅子舞の中入れ。19:30に間に合うように、I店長と坂上公民館へ。4月12日の練習初めから、一度も行ってないのだが、久しぶりの練習風景に新鮮味が。結構上達してるねみんな。
ひととおり舞を見たら、恒例のOBの踊りの披露が。
若い順番にそれぞれの演目を。自分は「四竹」踊りを。久しぶりなのだが体が勝手に動いてくれて驚いたが、最後ら辺になりと腕が上がらなくなってきた。
終わったら動機息切れが激しく、少しの間放心状態でした。やはり年だね。参った。
終了後は恒例の飲み会。獅子方若連中木田会長の挨拶で始まり、米沢区長さんの挨拶で乾杯。
年配の方々も沢山来ておられ元気な坂上が証明された。まだまだ馬力ありますね。お年寄りは。
今日は明日が忙しいので、I店長を人質に早めの切り上げでした。


2008年4月6日
気持ちのいい日曜日。
春だなって感じで、空気も日差しもいい塩梅。
思わず寝そうになる。いつまでも続いてほしいね。

昨日に続き利賀店・岩瀬店ともに順調よく忙しく
テンテコまい。有難い事だ。
これまたいつまでも続いてほしいね。

夜7:30〜は坂上公民館で恒例の「獅子舞」の
練習が開始されました。
OBとして参加させていただき、1年ぶりの踊りを
見て懐かしさに感動です。
子供達が楽しそうに獅子とりを演じる姿を見ると、
小さい時の息子がダブり、思わず感動。
また赤いばーの幕内の踊り手が近年人手不足で深刻化している。中学校卒業したら高校大学と進み、就職。
利賀には仕事先が近年無く、帰ろうにも帰れないのが実情である。高齢者ばかり増える。
村外で仕事についてる者は休みの日にしか来れない。
県外で仕事あるものはなおさら来れない。
たまにきても、多く練習しないとできない代物だ。
おる者でやれば足らない。
結局OBが順番に参加すると言う事態に。
まだこの地区はいい方で、他の地区は担い手不足で辞めた所もあるし、引退も無しに同じ人間が、やり続けている地区もある。大変な事だ。
また獅子を1年間引き受けるお宿さんも大変だ。
各家が順番に面倒見ている。お金のかかる事だ。
昔より負担はかなり少なくなったが、まだ結構かかるね。それでもみんな誇りに思うからやるんだよね。
この火は消す事無いように、みんなで知恵をだして、存続しなければならないと、獅子舞を見ながら感じたその夜でした。
昨日に引き続き懇親会があり、ようような話を聞きました。気がつけばOBとして最後に一人。
遅くまですみません。お宿さん。
ありがとうございました、獅子方の方々。









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プロフィール
 
昭和34年12月5日に中島の豆腐屋の3男坊として生まれる。小さい頃は身長が伸びず、付いたあだ名はチビ。小学校4年生の時に料理の世界に目覚める。以後勉強に興味がなく、高校卒業後大阪へ行き、「日本調理師専門学校に入学。天神橋筋3丁目の割烹「槻」さんでアルバイトしながら学費を払う。卒業後金沢市の料亭「山の尾」で1年半修行。「杉の井」でも1年半修行。その後片町のカウンター割烹に修行するが経営状態がよくなく、やむおえずやめる。この頃料理の道が嫌になり、一時辞め、魚屋の店員となるが兄英次郎に説得され又料理の道に入る。富山へ戻り駅前の「しゅん屋」「とんぺい」の(有)カネハルに入社。5年程修行していたら、30歳。そろそろ独立したいと考えていた所に父英夫から利賀村でそば屋を経営してみないかとの誘いで福島県会津若松「桐屋」に修行に1年程出かける。平成2年4月より「利賀そば ごっつお館・なかじま屋」をオープン。平成17年12月に利賀そば なかじま屋 岩瀬店」をオープンする。
作者名nakajimaya
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